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今、なんで、こんなこと・・・

黄昏世代に突入した 職業を同じくするオジサン3人組が
offタイムでやってる好き勝手を、3人だけでお話してるんじゃ
面白くないので ここはひとつ、みんなに公開して恥を
曝してみようというのが そもそもの始まりです。

どれだけの方に見ていただけるかなんぞは考えていません。

ただひたすらに恥と悪あがきの公開を積み重ね、興味とか
共感を持っていただいた方からのコメントでも頂けたら
とてもうれしいことだと思っています。

とりあえずは 3人が各々好き勝手に書き込みます。
できれば週4回の更新をしたいと思っております。

我々の悪あがき日記が皆さんの眼に留まりますことを
心より願って第1回目のエントリーでした。

なりそめ

17年程も前のことでした。
それまで住んでいた古家の屋根が ひどい台風で
半壊したのをきっかけに建て直しすることになりました。

新しい家は30坪2階建ての吹き抜けで上下階がつながる
基本的に1ルームのつくりです。

家全体を一つの暖房で済ませようと考えた解決策が
薪ストーブでした。
それ以上のことはなにも考えてませんでした。

出会いから17年、現在は2代目となった我家のストーブと
私の素敵な関係を時系列は無視して 思いつくままに
書いていこうと思っています。

因みに、私とストーブの関係を手短に表現するとしたら
性悪の、でもとても魅力的な女王様と 彼女に翻弄され
見も心も消耗し尽くしそうな哀れな奴隷との美しくも
滑稽な関係とでも御考え下さい。

我家の女王様の御姿です。

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はて・・これはどうしたものやら

薪ストーブの続編書くつもりだったんですが
先程 庭の隅で大変なもの見つけてしまったもんで
急遽テーマ変更の次第となりました。

何日か前から地面に黄色い点々があるのは
気付いてはいましたが、それがこの様に大変身するとは・・
それも1箇所だけでなくじつにアチコチ群生してます。

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仔細に観察すると いかにも喰えそうな姿形、色、におい
なので もう放っておけません。
ネットのきのこ図鑑なぞを調べてみるんですが似たような
やつがぞろぞろ出てきて、おまけに有毒
のものもあるのです。どうにも いけません。

何年か前、ナメコの菌を植えたホダ木から白くて大きな
それもいかにも喰えそうなやつが出てきた事がありました。

その時は近くにある林業試験所に持っていったら
毛皮茸という名前とアフリカの方では
喰っているらしいということを教わり、やっつけてみました。

いけませんでした。固くて味もへったくれもありません。

今はその教えてくださった方が移動でいなくなってますので
自己責任で人体実験するしか選択肢が無いみたいです。

今夜あたり、少しばかりをやっつけてみようかと真剣に
思案中のところです。

薪ストーブの奴隷

初めての薪ストーブ体験はアメリカのダッチウエストという
メーカーのF265という女王様からのスタートでした。

火の点け方、薪の燃やし方、灰の掃除の仕方、薪の集め方
薪の管理の仕方・・・・・全て何も分からないまま 手探りで
始めました。

スタート時のいろんな方法は現在残っているものが一つも
ありません。17年の試行錯誤の積み重ねで女王様との
付き合い方は大きく様変わりしました。

でも 変わらないものがあります。
ストーブ全面から放たれる優しいけれど力強い暖かさ、
ガラス窓から見える炎のゆらぎの美しさです。

この為ならばあの灼熱の太陽の暑さも、重い重い
薪運びも、つらい薪割りも なんでもかんでも全てOK!
完全に奴隷になってしまってます。

ストーブの前の安楽椅子で居眠りする気持ちよさを
知ってしまえば 奴隷解放運動なんてこれっぽっちも
考えられない事です。

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奴隷の仕事

薪ストーブの奴隷の仕事は その殆んどが薪材の確保
製作、管理です。
中でも一番難しいのは薪材をゲットすることです。

燃える物なら何でも良さそうなんですが、燃え方、管理の
し易さ、薪割りのし難さ、樹脂分の多少・・・色々あって
贅沢言ってる訳じゃないんですけど けっこう選り好み
してしまいます。

その上居住地が市街地なもんですから 植木屋さんの
庭木整理のおこぼれとか街路樹の剪定材くらいしか
アンテナに引っかかってきません。

これだけでは とても一冬分になるはずもなく、ただ
ひたすらにあちこちを探し回り たまに来る台風の
落し物の風倒木を貰いうけ・・・
それこそ毎年自転車操業の薪集めで17年経ちました。

いつ何時幸運に巡り合えるかもしれませんので
私の車には常にチェーンソーとナタが積んであります。
少しづつ集めた戦利品の野積みです。

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シーズン到来

朝夕の気温が程よく下がり、ヨメハンと猫からの
リクエストもあるもんで やっと大きい顔してストーブに
火を入れることが出来るようになりました。


昨シーズンは自転車操業がうまくいかず3月には
心細い思いをしましたもんで 今シーズンは大分
頑張っちゃいました。
勿論、のストックのお話です。


今 我家にあるのがこれ。

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・・と これ。

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これだけでふた月あるかな?というところです。
もちろん これだけでは来年には一家揃って凍死する
はめになります。


実は、某所にほぼ同量の薪を隠匿してあるのです。
そのお話はまた後日

宝の山

Mr.Guyの大きくあいた風穴に風が吹きすさんでいる時に
脳天気benは阿蘇の麓、熊本空港の近くで木こりさんを
やってました。


私と同じ奴隷仲間のさんが
見つけてきてくれたクヌギ林の宝の山での作業です。


昨年の梅雨明け頃から始めたんですが道路工事のため
12月から半年立ち入り不能でお休みしてました。
そしてこの夏やっと再開できたんですが現場は実に
このとおり!!

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まずは入口の確保から・・・

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次いで下草刈り ( これ大変ですけどマムシ対策です )
宝の山が見通せるようになりました。この奥が
伐採現場です。

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去年の取り残しがこれだけありましたが細いものは
ほとんど腐ってしまいました。

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使えそうなやつが この軽トラック2台分

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2台合わせて約3週間分ていうとこでしょうか。
古材の整理が終わったところでいよいよの
木こり仕事の始まり ハジマリ です。

続きは明日・・・

宝の山( 2 )の前に

じつは昨日から2度同じ失敗をしてしまい
書込みのほとんど終わったエントリーを
一瞬にして消滅させてしまいました。


失敗の原因は文章入力中に漢字変換が思うように
いかないので 今入力中の文章をいったん消して細切れに
再入力しようと Escキーを使ってしまったからでした。


いままで こんな経験なかったもんで 何が起こったのかも
理解できなかったんですが、どうやらEscキーというやつは
とても恐ろしい力を持っているスーパーキーらしいです。


パソコン使い始めて15年程でしょうか・・基礎を学ぶことなく
仕事で使うソフトを手なづけることだけでパソコンと接して
きたもんですから当然の報いでしょう。
お恥ずかしながらこの文章の入力も未だに左右の人差し指
一本づつでキーボードたたいてます。


以上、オヤジのIT事情、恥かきバージョンでした。

宝の山(2)

書き込み消滅事件のせいでもありませんが なんとなく
(2)が遅れてしまいました。

いよいよ伐採作業の始まりという所だったんですが
写真を探すんですけど見当たりません。
よくよく考えて見ますに、木を伐り倒すというこの一時が
一番難しく、危なく、でもエキサイティングでスカッとする
山場なもんですから ついつい写真どころではないこと
だったみたいです。

いつもさんと二人でやってますが
木の上の方にロープをかけ、一人が倒したい方に思い切り
引っ張って 相方はチェーンソーで根っこの方に切りつけ
ミシミシと音がし始めあわやの瞬間になりふりかまわず
逃げ出し、ドッスンと地響きを聞いて後ろを振り向くという
なんとも情けない木こりさん2名であります。

上手な方でしたら思う方向に自在に倒せるんでしょうが
私たちのは成り行き任せ、木の勝手が常です。
とにかく 倒れてくれた樫の木です。

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魚を捌く時のウロコ落しのように枝をおとし、刺身にするように
長さを揃えて輪切りにしていきます。

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あとはキャリーというエンジン付荷車で集めて廻って車に
積めば完了です。

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せっかく伐った木に成仏してもらうために直径2センチ位の
枝までしっかり持ってかえります。

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持ち帰った薪は薪小屋に積んでストックです。
ソウ! この薪小屋が我家とは別に隠匿してるお話の
秘密基地なんです。
この小屋一杯で2t車4台分足らずの量があります。
1シーズンの使用量プラスαというところでしょうか。

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この薪小屋については改めて書いてみようと
思っています。

遅くてちょっと変な秋

もう12月も半分以上過ぎてしまいました。
いつもなら もうとっくに木々の枝からは葉が落ちて
しまっているころなんでしょうが、今年の様子は
ちょっと変です。


夕方になって犬の散歩に行く裏山の景色がおかしいんです。
その1、未だに散りそびれてるケヤキ、ナラ、カエデが
     沢山残ってること。
その2、いつもの年より紅葉がきれい。
その3、どんぐりの粒が大きい。

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街中ではまれにみるそろった黄葉のケヤキ

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これまた見事なトウカエデ

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クヌギのこんなに綺麗な黄葉は初めて見ました


今年はいつもに比べ 雨の少ない年で畑の作物が思うように
育ちませんでした。こんな天気の異常が山の景色にも関ってる
んでしょうが、果たして今後どんな風に気候が変わっていくのか
不気味な不安感を禁じ得ません。

ホントに二酸化炭素の排出削減とかだけに振り回されてて
いいんでしょうかネ?

狭き門

今の季節だったんですね。<合格発表>
私が狭い門をなんとか 掻い潜ったのは30年前のこと。
一級建築士は資格更新試験がないもんですから
なんとか30年続けてこられましたが もし今試験を受ける
はめになったら<来年こそは!>の世界どころでは
ないでしょう。

長くもあり、ほんの一瞬でもあった30年の時の流れの間
新しい工法、技術、材料が次々と現れ、更なる新しい物に
移り行き、そんな中をただがむしゃらに走り回ってた感じです。

そんな中で私にとっての一級建築士とはどういった意味が
あったのか 今頃になってつい考えてしまいました。

一級建築士になったからといって上手な設計が出来るように
なるわけでもないし、お客さんの気持ちをうまく汲み取る
ことが出来るようになるわけでもないし、現場で職人さんに
自分の意図を十分に伝えるコミニケーション能力がつく
わけでもありません。

単に 手続き上の必要条件として資格を持っていることが
存在の意味だったようです。
マ、更新試験なんてない資格ですからこんなもんでしょう。

やっと試験に合格された方たちに頭から水をかけるようで
申し訳ないんですが水戸の御老公の印籠を手にしたとは
くれぐれも勘違いなさいませんように。

結論:資格とは 在ったからといってどうという事はないが
    無いと困るもの。

お正月

毎度のことではありますが 年末ぎりぎり一杯まで
いつにない雑用の洪水に翻弄され 年賀状の束を
握って郵便局に走り、いくつかの年末の御挨拶の
呑み方をこなして やっとの思いで正月の安らぎに
たどり着きます。
今年の安らぎは1月2日からでした。

私の正月は阿蘇の山中に建てた隠れ家にこもって
大工のまねごとをしたり 燻製をつくったり ただ
ぼんやりと景色を眺めながら呑んだくれたりの
日々を過ごす数日の完全休日です。

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これが秘密の隠れ家。
そこからの景色が次の写真。

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そうなんです。今年は年末の降雪で阿蘇は雪景色
だったんです。それもとっても寒い正真正銘の冬そのもの
でした。

これは私にとってはベストコンディションの天気でした。
クリスマスが終わったころ仕込んでおいたアラスカ産の
鮭を燻製にするのに気温は低いほどgoodだからです。

調味液に漬け込んだ鮭を阿蘇の井戸水でさらして
塩抜きし、余分なところを掃除して風乾します。

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寒風吹きすさぶ中、丸一昼夜吊るしておいた奴を
燻煙室に入れ山桜をメインに調合したチップで燻すこと
7時間×4回・・・・計30時間足らずの工程です。

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地面に置いてある鉄の箱はチップの燃焼室、
銀色のアルミダクトを通して煙の温度を下げて
燻煙室に煙を送ります。

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ついでに用意したベーコン用の豚バラも一緒に
ぶらさげます。

50時間を越える長い戦いの成果が
たったこれだけのスモークサーモンとベーコン
でした。
サーモンはこれから3日ほど冷蔵庫で寝かせたら
食べ頃になります。


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脚のついた薪

先週のある日、近所でチェーンソーの音がするもんですから
音を辿って行って見ると なにか工事が始まるらしく
工事用車輌の動き回る向うで大きな樫の木を伐採してる
真っ最中でした。

こういう千載一遇のチャンスの時には恥も外聞も
一切をかなぐり捨てて突撃あるのみです。

高所作業車のてっぺんでチェーンソーを使ってる
園芸業者の親方に交渉すること約10分、作業中断の
迷惑にもかかわらずOKの御返事をくださいました。
なんて善い人なんだろうと感激、感謝のついでに
家まで運んでもらうことを追加お願いしてみたら
これまたOKだったんです。

そんな訳で我家まで歩いて来てくれたような
そう、脚のはえた総重量約2tの薪材がこれです。

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太いやつはあまりにも重いので 昨日1本だけ
切ってみました。

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おおむね45センチの長さで1個が50kgをかるく
超えてるみたいです。重い!!

園芸屋の親方にひたすら感謝です。

脚のついた薪-その2

忙しいのは理由にはならないんですが 永いことお休み
してました。
先日自分で歩いてきてくれた薪のお話を書きましたが
玄関前にほおっておいた その薪を見た方が、まだいるなら
持ってきてやろうと申し出てくださり、数日後 第一便が
軽トラック一杯届きました。

ダム建設関係のお仕事をされているとかで、工事に伴う
伐採で出た木が山ほどあるんだそうです。

うれしいことに 届いた薪はもうすでに薪サイズにカット
されてまして、おまけに薪割り不要のジャストサイズの
太さのものがほとんどなんです。

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先日の樫の木の太さと重さが鬱陶しくなってしまう
という贅沢な不満がつい 頭の中をよぎります。
この薪には お連れさんがまだまだ沢山いらっしゃるそうで
ついでの時にお連れ下さるというお話にただただ
ひたすらに 感謝、感謝です。

とりあえず 今回の薪を棚に並べたらこれだけありました。

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うれしい悲鳴

とてもうれしいことに 先日の薪のお連れさんが
続々と御来訪下さり、我家の玄関前はご覧のとおり。

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次から次への追加御来訪に、薪棚への整理が間に合いません。
仕事には日々追われまくってる時にかぎっての
うれしいうれしい悲鳴をあげている今日この頃です。

驚き!!

外出先から帰ってきて いつもと様子が違うことに
気付いたのは玄関前の薪の山の突き当たりの
見通しがきかなくなっていたからでした。

十数年、ストーブの奴隷となってから巻き集めに
奔走し続けてますが これほどの太くて大きい
木材の山を目の前にしたのは初めてです。

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クスノキに似た木肌ですが匂いは全く違うので
タブの木かな?
直径40~55センチ長さ2.5メートル前後、
重くて微動だにしません。

もちろんこんな大物持ってきてくださるのは
あのダム工事関係者の方なんですが、さすが
仕事が大きいとやる事も大きい!
このところ、歳のせいもあってあまり驚くことが
無かったんですが ひさしぶりに心底おどろきました。

でも、この後どう始末したら良いんだろう??

べん の薪作り作法

何時に無く薪がどんどん集まってくるので
ここしばらくは薪の話が続いてしまいました。

この辺で薪の仕上がり工程をお話してから
薪のテーマを一区切りつけたいと思います。

直径20センチ位までの木は所定の長さに
チェーンソーか丸のこで切って薪割りで
パコンと割って一丁あがりなんですが
今回のような大物はそう簡単にはいきません。

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私のチェーンソーはバーの長さが35センチ。
木の直径は35~60センチ。
1回でスパッと切れませんので何度か
回しながら刃を入れ切り落とします。

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輪切りにした物を割っていくんですが
まずそのままでは薪割りのパワーでは
力不足です。そこで[矢]という必殺兵器の
登場です。薪に突き刺さっている楔みたいな
鉄の刃です。これをハンマーの親分で
ぶったたいて打ち込んでいくと・・・・

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という具合に割れ


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真っ二つになった物を更にもう一回。
大きさに応じて薪割が刃向かえる程度まで
これを繰り返します。

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後は薪割りの登場です。
この木は繊維の絡みに粘りがあって
とても割りにくいやつでした。


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これで薪の製品完成です。
結構疲れます。・・ビールが美味しいです。

山小屋

早いもので、阿蘇の山中に山小屋を建て始めたのが
5年前の4月でしたから 工事期間の7ヶ月を差し引き
4年半、この山小屋で楽しく過ごしました。

厳密に言えば工事中も汗と埃にまみれながら
結構楽しんでましたので丸5年でしょうか。

茅と葛のからみあった草原を拓き、小屋完成の後は
諸々の木を植え、昨年には芝を張りました。

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次いでウッドテラスをつくり

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先日連休の時の姿が次の2枚です。

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最近は なかなか来る暇も無く空家状態が多い
のですが、たまに 御泊りで使って下さる知人が
いますのでハウスキーピングには手が抜けません。

次回から この山小屋建設の事を少し書いてみようと
思っています。

山小屋建設・その1

特に強い想いがあった訳ではないんですがバブルの最中
行きつけの飲み屋さんのマスターと常連客何人かで
そのうち別荘でも建てようかみたいな乗りで買った土地に
ある日、ふと「山小屋を建てよう ! 」と思っちゃったんです。

理由は色々あったんでしょうけど 間違いなく一番の理由は
仕事がヒマだったからなんです。

私のような一人事務所の設計屋は 「まいど ! !今日は何か
御注文は ? 」 みたいな営業は意味ありませんので
ヒマな時は ただ遊ぶだけです。

遊ぶと決めたからには 人に頼んで建ててもらうのは
もったいない。
仕事柄、建物の構造、材料、作業の流れ、諸々の仕組
などは大体分かってるつもりだったもんで 自力建設の
決断は早かった。

いつもそうなんですが、素早い決断の時は一つの
大きな思い込みと それに呑み込まれ端っこに
追いやられた あまたの諸事情との力のアンバランスが
ややこしい事態を招くことになる私の悪い病気なんです。

その病気に気が付いたのは作業の始まる前、現地の
整地の時でした。

私が忘れてたのは 「 筋力、体力、忍耐力、実体験 」
頭と口だけでは一歩も前に進みません。

この建設を知る友人達に自力建設を言いふらした
後なので今更宗旨替えする訳にもいかず
途方にくれたスタートになってしまいました。

   つづく・・・

山小屋建設-その2

自力建設という無謀な選択肢を採ってしまったドンキホーテの
試練と苦難の日々を綴る前に 自力で一番スムーズにいった
設計の事を少しばかり・・・

建設地は阿蘇の外輪山に囲まれた南郷谷から少し中岳を
這いずり上がった 廻りを畑と杉林で囲まれた元は畑、
ほとんど原っぱでした。

道は通じているものの、入口が分かりにくい為隠れ家には
最高のロケーションです。
そう!コンセプトは<隠れ家>

人それぞれ、隠れ家にはいろんな思いがあるでしょう。
私にとってのそれは 小さくて ひっそりと身を縮め
一見しただけでは中の様子も想像できないような
ジミ小屋。

中にはいれば小さいながらも2~3ヶ月は何不自由なく
普通に生活できる利便性、
寒い阿蘇の冬を 寒がりの私が過ごせる断熱性、
日頃のお仕事では決して使えないミニマムスケールの
各部寸法、
一人の時は瞑想にふけり、大勢の時は大いに盛り上がる
程よいスケール感、・・・・

みたいなこと考えながら出来上がった計画が10坪強の
ワンルーム仕様でした。
当初の計画では外部建具も全て木製で屋根も一ひねりした
かなり凝った造りだったんですが自力建設という現実を
ふまえ、お財布の中身と相談してましたら 実施設計案は
かなりトーンダウンしたものになっちゃいました。

それでも 床、壁、天井の仕上げ材はムクの木材とか
漆喰の左官塗りとかを死守しましたし、断熱工法も
日頃使ってみたくて手が出せなかった工法、材料を
実験を兼ねておもいっきり贅沢にやっちゃいました。

早い話、常日頃のお仕事の欲求不満が 一気に
ドカン!ということでした。

  つづく・・・

山小屋建設-その3


殆んど10坪という こじんまりとした小屋ではありますが
キッチン、バス、トイレ等の設備は一人前に全てそろって
ますし、その他 家としての必要な要素はどれ一つ
端折ってしまうことも出来ません。

ということは、普通に工事現場で行われている工程を全て
自分でやらなくっちゃ・・・ということです。
しかし賢明な私はまず 自分で間違いなくできる事と
自分でしない方がいいこと、その他のグレーゾーンとに
仕分けをすることから始めました。

[正直言います。この時点で自力建設という言葉の重さに
白旗をあげ、無条件降伏してしまったというのが本当の
ところです。]

さてそこで、仕分け内容については以下の通りです。
1.自分ではしない。プロに頼む。
  a、基礎工事
    市街地ならいざ知らず山中でのコンクリート打ち
    なんて無謀の一語。
    [土木工事もする外構工事屋さんに発注!]

  b、構造材加工
    自分で墨付け、切込みする技術はゼロ。
    今から大工さんのとこへ弟子入りするなんて・・
    [材木屋さんにプレカットまで依頼。]

c、屋根葺き工事
    稼働率10%以下の殆んど主のいない家で知らぬ間の
    雨漏りは致命傷になるので 雨漏りの応急処置
    程度しかできない私の板金技術では自殺行為。
    [30年来のつきあいの板金屋さんに発注!]

  d、電気工事
    私が一番苦手なのがこの電気。
    匂いもしないし姿もみえない。漏れてもわからん。
    [お友達の電気工事屋さんに発注!]

  e、水道工事
    氷点下の気温が多い阿蘇の地で凍結に備えた
    寒冷地仕様の工事技術は私の辞書には載ってない。
    雨漏り同様、不在時に凍結破裂そして水浸し
    なんて恐ろしくて・・・
    [お友達の水道屋さんに発注!]

2.グレーゾーン
  a,木工事
    木造の家ではその殆んどが木工事なのに・・・
    仕事上大工さんの仕事は嫌と言うほどみてます。
    みてるから分かってるかというと そうは問屋が
    卸さない。自分でするのは全く別!
    なまじ知ってるからかえって難しいのです。

    この大問題を解決してくれたのが長い付き合いの
    工務店で現場監督をやってるYさんでした。
    半年以上にわたる工事期間中、お休みの日の
    殆んどを私のつたない木工事指導に、そして
    お手伝いにと遠い阿蘇まで来て下さったんです。
    
    Yさん無しでは完成を見ることは無かったでしょう。
     感謝・感謝・ひたすらに感謝!

        つづく・・・

山小屋建設ーその4

気が付いたら1月以上のお休みでした。
気は若いつもりですが、夏の暑さが年毎に体にこたえてきます。
おおい!夕立来い!!

さて前回 仕事の仕分けについてお話しましたが
プロに頼むやつは いつもお願いしてる人にいつものように
発注する訳ですから特に問題も無く トントンと話は進み
この調子で何もかもいくのなら2ヶ月ちょっとで完成かなと
いうところです。
そんな訳で 工事の山場であり施工者がこの私である
木工事についてが これからの主なお話になります。


建物の位置、向き、地面との高さの関係を決め、建物の
原寸平面図とも言うべき壁の位置を正確に記した板囲いを
作ったら基礎屋さんの出番です。
当然のごとくトントンと作業は進み、ついでのお願いで
建物周りの木の移植まで済んでしまいました。


さてさて、ここからが私の出番です。材木屋さんから運んで
きた構造材の組み立て(普通 建前と言ってますよね)は
4月の末、G.Wの前だったかな?
重い大きな木材ばかりなので もちろん御手伝いさんあり。
それも、知り合いの大工さん数人。

私は自分の背丈以上は 今までの人生ではまたいで来て
ますので 今更小屋組みの上に登っての作業なんて
考えられません。こんなときは、いつもの仕事の時と
変わらず地面に一番近いところから ある意味、自分が
お手伝いの立場に甘んじる事とします。
はじめて屋根の上に登ったのは屋根の下地板が張り終った
後のことでした。
そこから見た初夏の阿蘇の景色の素晴らしかったこと!

やっぱり楽してちゃいけません。
ちょっと見る位置が変わるだけで見えるものが
全然ちがう!

     つづく・・・

山小屋建設ーその5

棟上も済み板金屋さんが屋根葺きをはじめるとお天気の
心配もしなくてすむようになります。

お手伝いの大工さん達も もう居ませんし、これからが
自力建設の本番です。
梅雨をひかえてまずは外回りを固めてしまわなくてはと
外壁下地の間柱入れから始めます。

ここで 第1回目のアクシデント発生です。
脚立の上に登って上の方の釘止めをやってたら脚立の
脚の1本が地面にズブッとめりこんで転倒。
私は1.8m上からそのまま落下。はずみで頭を基礎に
思いっきりゴツン!
しばらくはボーっとしたまま動けませんでした。

その後の足場上での作業の慎重な事。
足元を固め、水平確保、ぐらつきを止めて・・・
安全第一を肝に銘じたアクシデントでした。

その後、構造用合板張、サッシ取り付け、遮熱板張
通気胴縁取り付け、防水紙張とすすみ、最後の仕上げが
鉄板張です。

私の選んだ鉄板は色も付いてない、それこそ昔の
トタン板みたいな波板です。でも最近の技術進歩は
すばらしく、メッキの材料が一味違ってて ちょっと
した小傷なら雨で濡れるとメッキ層が自己修復して
しまう優れものなんです。屋根にも同じ材料を使い
外部の仕上げはこれで殆んどメインテナンスフリー
を15年以上確保したようなもんです。

おまけに 見た目が実にチープでよろしい。
どこからみても、特に上空からとか遠目には倉庫
としかみえない。
まさに私の隠れ家にふさわしい逸品です。

惚れ込んで選んだこの材料に じつは二つ目の
アクシデントが潜んでいたんです。

    つづく・・・

書き込み再開

前回、8月22日の投稿から4ヶ月以上も経ってしまい
ました。
この山小屋建設ドキュメントシリーズは自分の中でも
きちんと整理しておくつもりで ちゃんと完結させる
予定でいましたがある事情で続けて書き進めることが
とても辛くなり一応このシリーズはここでしばらく
お休みすることにしました。

それは9月13日に「その3」で書きました「感謝、感謝、
のYさん」が亡くなられたからであります。

もし、続けて書き進むとしたら彼の登場シーン抜きで
語ることは不可能である程 Yさんの存在は大きかった
のです。

Yさんとは仕事を通じて25年以上のつきあいでした。
公私共に非常に尊敬する、信じあえる間柄であったと
信じています。
ある意味、お互いに師弟関係でありました。
建築の世界で施工技術、知識、完成度へのこだわりに
ついてはYさんが師、設計への思い入れ、こだわりに
ついては私が師であったと思ってます。

彼亡きあと、片羽根が千切れた私は飛ぶ事もできず
悶々としてましたが やっとの思いで気持ちの切替が
出来そうな感じです。

「飛べぬなら 歩いてやろう こけるまで」

Yさんの御冥福を祈りつつ、今後は別テーマで
ぼちぼちこのブログを続けていこうと思ってます。

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