« 2007年11月 | メイン | 2008年01月 »

2007年12月 アーカイブ

宝の山(2)

書き込み消滅事件のせいでもありませんが なんとなく
(2)が遅れてしまいました。

いよいよ伐採作業の始まりという所だったんですが
写真を探すんですけど見当たりません。
よくよく考えて見ますに、木を伐り倒すというこの一時が
一番難しく、危なく、でもエキサイティングでスカッとする
山場なもんですから ついつい写真どころではないこと
だったみたいです。

いつもさんと二人でやってますが
木の上の方にロープをかけ、一人が倒したい方に思い切り
引っ張って 相方はチェーンソーで根っこの方に切りつけ
ミシミシと音がし始めあわやの瞬間になりふりかまわず
逃げ出し、ドッスンと地響きを聞いて後ろを振り向くという
なんとも情けない木こりさん2名であります。

上手な方でしたら思う方向に自在に倒せるんでしょうが
私たちのは成り行き任せ、木の勝手が常です。
とにかく 倒れてくれた樫の木です。

P1000826.jpg


魚を捌く時のウロコ落しのように枝をおとし、刺身にするように
長さを揃えて輪切りにしていきます。

P1000672.jpg

P1000929.jpg

P1000673.jpg


あとはキャリーというエンジン付荷車で集めて廻って車に
積めば完了です。

P1000674.jpg

せっかく伐った木に成仏してもらうために直径2センチ位の
枝までしっかり持ってかえります。

P1000842.jpg

持ち帰った薪は薪小屋に積んでストックです。
ソウ! この薪小屋が我家とは別に隠匿してるお話の
秘密基地なんです。
この小屋一杯で2t車4台分足らずの量があります。
1シーズンの使用量プラスαというところでしょうか。

P1010022.jpg

この薪小屋については改めて書いてみようと
思っています。

タイムスリップ “過去へ”

昔、昔。 時の流れは“スロー”な時代だった。
現代のように携帯電話で拘束されることなどなかった。

今回はノスタルジックにモノクロームの世界へ誘いましょう。


時は1973年3月11日の水前寺駅下りホームの風景
01-004.jpg
まだ物流交通として9600型(通称:きゅうろく)蒸気機関車が貨車を引き、宮地駅まで走ってました。

今では前方側に「新水前寺駅」が新設され
右側客車の停車位置にはマンションが建っています。
(定点撮影で比較してみたくなりましたが・・・。(笑 )


いざ豊肥本線に乗り「立野駅」へ
高森線立野駅付近のC12型蒸気機関車の懐かしい風景を。
01-021.jpg
下り高森行き、九電立野発電所上の鉄橋(1973.03.11)


01-037.jpg
上り立野行き 同上 発電用送水管  (1973.03.11)


04-014.jpg
下り高森行き 同上  (1974.03.23)


04-034.jpg
上り立野行き 同上 北向山と白川   (1974.03.23)


今は第三セクターの“南阿蘇鉄道”になり、民間鉄道ならではのトロッコ列車も走らせ観光客確保に貢献しているようです。
また、線路と道路の両方を走ることができる新車両デュアル・モード・ビークル(DMV)の「夜間走行試験」も先日行われました。

今回は、高森線へのタイムトリップ。


04-009.jpg
“待ち人”     (1974.03.23)

遅くてちょっと変な秋

もう12月も半分以上過ぎてしまいました。
いつもなら もうとっくに木々の枝からは葉が落ちて
しまっているころなんでしょうが、今年の様子は
ちょっと変です。


夕方になって犬の散歩に行く裏山の景色がおかしいんです。
その1、未だに散りそびれてるケヤキ、ナラ、カエデが
     沢山残ってること。
その2、いつもの年より紅葉がきれい。
その3、どんぐりの粒が大きい。

P1010047.jpg
街中ではまれにみるそろった黄葉のケヤキ

P1010051.jpg
これまた見事なトウカエデ

P1010059.jpg
クヌギのこんなに綺麗な黄葉は初めて見ました


今年はいつもに比べ 雨の少ない年で畑の作物が思うように
育ちませんでした。こんな天気の異常が山の景色にも関ってる
んでしょうが、果たして今後どんな風に気候が変わっていくのか
不気味な不安感を禁じ得ません。

ホントに二酸化炭素の排出削減とかだけに振り回されてて
いいんでしょうかネ?

H19年度一級建築士合格発表

今年は資格学校で担当させて頂いた35名の生徒さん達で、昨日(20日)が発表日。
熊本県は二次試験受験者68人中、35人の合格者。
そのうちの22人が担当していた生徒の方々で、見事一級建築士の資格を取得されました。
九州の合格者は、福岡県117人、佐賀県18人、長崎県20人、熊本県35人、大分県20人、宮崎県19人、鹿児島県23人、沖縄県10人となり、全国での合格者数は3,705人。
二次試験の受験者7,501人中3,705人の合格者数で、合格率49.4%と設計製図試験の合格率は高いとはいえ、学科からの受験者46,204人からする合格率としては8.0%の狭き門でした。

今年もこれで一つの仕事が終了し、合格された方々はこの業界不況の中でも希望を持って進んで頂きたいものです。
また、惜しくも不合格の方々は「来年こそは!」という意気込みでチャレンジしてもらいたいものです。

合格された方、心よりお祝い申し上げます。
来年は、楽しい夏や行楽の秋が過ごせますね。

私は来年も、受験生の皆さん達と過ごす事でしょう。

狭き門

今の季節だったんですね。<合格発表>
私が狭い門をなんとか 掻い潜ったのは30年前のこと。
一級建築士は資格更新試験がないもんですから
なんとか30年続けてこられましたが もし今試験を受ける
はめになったら<来年こそは!>の世界どころでは
ないでしょう。

長くもあり、ほんの一瞬でもあった30年の時の流れの間
新しい工法、技術、材料が次々と現れ、更なる新しい物に
移り行き、そんな中をただがむしゃらに走り回ってた感じです。

そんな中で私にとっての一級建築士とはどういった意味が
あったのか 今頃になってつい考えてしまいました。

一級建築士になったからといって上手な設計が出来るように
なるわけでもないし、お客さんの気持ちをうまく汲み取る
ことが出来るようになるわけでもないし、現場で職人さんに
自分の意図を十分に伝えるコミニケーション能力がつく
わけでもありません。

単に 手続き上の必要条件として資格を持っていることが
存在の意味だったようです。
マ、更新試験なんてない資格ですからこんなもんでしょう。

やっと試験に合格された方たちに頭から水をかけるようで
申し訳ないんですが水戸の御老公の印籠を手にしたとは
くれぐれも勘違いなさいませんように。

結論:資格とは 在ったからといってどうという事はないが
    無いと困るもの。

About 2007年12月

2007年12月にブログ「黄昏て‥悠遊倶楽部」に投稿されたすべてのエントリーです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

前のアーカイブは2007年11月です。

次のアーカイブは2008年01月です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.35