2009年01月10日

書き込み再開

前回、8月22日の投稿から4ヶ月以上も経ってしまい
ました。
この山小屋建設ドキュメントシリーズは自分の中でも
きちんと整理しておくつもりで ちゃんと完結させる
予定でいましたがある事情で続けて書き進めることが
とても辛くなり一応このシリーズはここでしばらく
お休みすることにしました。

それは9月13日に「その3」で書きました「感謝、感謝、
のYさん」が亡くなられたからであります。

もし、続けて書き進むとしたら彼の登場シーン抜きで
語ることは不可能である程 Yさんの存在は大きかった
のです。

Yさんとは仕事を通じて25年以上のつきあいでした。
公私共に非常に尊敬する、信じあえる間柄であったと
信じています。
ある意味、お互いに師弟関係でありました。
建築の世界で施工技術、知識、完成度へのこだわりに
ついてはYさんが師、設計への思い入れ、こだわりに
ついては私が師であったと思ってます。

彼亡きあと、片羽根が千切れた私は飛ぶ事もできず
悶々としてましたが やっとの思いで気持ちの切替が
出来そうな感じです。

「飛べぬなら 歩いてやろう こけるまで」

Yさんの御冥福を祈りつつ、今後は別テーマで
ぼちぼちこのブログを続けていこうと思ってます。

2008年08月22日

山小屋建設ーその5

棟上も済み板金屋さんが屋根葺きをはじめるとお天気の
心配もしなくてすむようになります。

お手伝いの大工さん達も もう居ませんし、これからが
自力建設の本番です。
梅雨をひかえてまずは外回りを固めてしまわなくてはと
外壁下地の間柱入れから始めます。

ここで 第1回目のアクシデント発生です。
脚立の上に登って上の方の釘止めをやってたら脚立の
脚の1本が地面にズブッとめりこんで転倒。
私は1.8m上からそのまま落下。はずみで頭を基礎に
思いっきりゴツン!
しばらくはボーっとしたまま動けませんでした。

その後の足場上での作業の慎重な事。
足元を固め、水平確保、ぐらつきを止めて・・・
安全第一を肝に銘じたアクシデントでした。

その後、構造用合板張、サッシ取り付け、遮熱板張
通気胴縁取り付け、防水紙張とすすみ、最後の仕上げが
鉄板張です。

私の選んだ鉄板は色も付いてない、それこそ昔の
トタン板みたいな波板です。でも最近の技術進歩は
すばらしく、メッキの材料が一味違ってて ちょっと
した小傷なら雨で濡れるとメッキ層が自己修復して
しまう優れものなんです。屋根にも同じ材料を使い
外部の仕上げはこれで殆んどメインテナンスフリー
を15年以上確保したようなもんです。

おまけに 見た目が実にチープでよろしい。
どこからみても、特に上空からとか遠目には倉庫
としかみえない。
まさに私の隠れ家にふさわしい逸品です。

惚れ込んで選んだこの材料に じつは二つ目の
アクシデントが潜んでいたんです。

    つづく・・・

2008年08月20日

山小屋建設ーその4

気が付いたら1月以上のお休みでした。
気は若いつもりですが、夏の暑さが年毎に体にこたえてきます。
おおい!夕立来い!!

さて前回 仕事の仕分けについてお話しましたが
プロに頼むやつは いつもお願いしてる人にいつものように
発注する訳ですから特に問題も無く トントンと話は進み
この調子で何もかもいくのなら2ヶ月ちょっとで完成かなと
いうところです。
そんな訳で 工事の山場であり施工者がこの私である
木工事についてが これからの主なお話になります。


建物の位置、向き、地面との高さの関係を決め、建物の
原寸平面図とも言うべき壁の位置を正確に記した板囲いを
作ったら基礎屋さんの出番です。
当然のごとくトントンと作業は進み、ついでのお願いで
建物周りの木の移植まで済んでしまいました。


さてさて、ここからが私の出番です。材木屋さんから運んで
きた構造材の組み立て(普通 建前と言ってますよね)は
4月の末、G.Wの前だったかな?
重い大きな木材ばかりなので もちろん御手伝いさんあり。
それも、知り合いの大工さん数人。

私は自分の背丈以上は 今までの人生ではまたいで来て
ますので 今更小屋組みの上に登っての作業なんて
考えられません。こんなときは、いつもの仕事の時と
変わらず地面に一番近いところから ある意味、自分が
お手伝いの立場に甘んじる事とします。
はじめて屋根の上に登ったのは屋根の下地板が張り終った
後のことでした。
そこから見た初夏の阿蘇の景色の素晴らしかったこと!

やっぱり楽してちゃいけません。
ちょっと見る位置が変わるだけで見えるものが
全然ちがう!

     つづく・・・

2008年07月04日

山小屋建設-その3


殆んど10坪という こじんまりとした小屋ではありますが
キッチン、バス、トイレ等の設備は一人前に全てそろって
ますし、その他 家としての必要な要素はどれ一つ
端折ってしまうことも出来ません。

ということは、普通に工事現場で行われている工程を全て
自分でやらなくっちゃ・・・ということです。
しかし賢明な私はまず 自分で間違いなくできる事と
自分でしない方がいいこと、その他のグレーゾーンとに
仕分けをすることから始めました。

[正直言います。この時点で自力建設という言葉の重さに
白旗をあげ、無条件降伏してしまったというのが本当の
ところです。]

さてそこで、仕分け内容については以下の通りです。
1.自分ではしない。プロに頼む。
  a、基礎工事
    市街地ならいざ知らず山中でのコンクリート打ち
    なんて無謀の一語。
    [土木工事もする外構工事屋さんに発注!]

  b、構造材加工
    自分で墨付け、切込みする技術はゼロ。
    今から大工さんのとこへ弟子入りするなんて・・
    [材木屋さんにプレカットまで依頼。]

c、屋根葺き工事
    稼働率10%以下の殆んど主のいない家で知らぬ間の
    雨漏りは致命傷になるので 雨漏りの応急処置
    程度しかできない私の板金技術では自殺行為。
    [30年来のつきあいの板金屋さんに発注!]

  d、電気工事
    私が一番苦手なのがこの電気。
    匂いもしないし姿もみえない。漏れてもわからん。
    [お友達の電気工事屋さんに発注!]

  e、水道工事
    氷点下の気温が多い阿蘇の地で凍結に備えた
    寒冷地仕様の工事技術は私の辞書には載ってない。
    雨漏り同様、不在時に凍結破裂そして水浸し
    なんて恐ろしくて・・・
    [お友達の水道屋さんに発注!]

2.グレーゾーン
  a,木工事
    木造の家ではその殆んどが木工事なのに・・・
    仕事上大工さんの仕事は嫌と言うほどみてます。
    みてるから分かってるかというと そうは問屋が
    卸さない。自分でするのは全く別!
    なまじ知ってるからかえって難しいのです。

    この大問題を解決してくれたのが長い付き合いの
    工務店で現場監督をやってるYさんでした。
    半年以上にわたる工事期間中、お休みの日の
    殆んどを私のつたない木工事指導に、そして
    お手伝いにと遠い阿蘇まで来て下さったんです。
    
    Yさん無しでは完成を見ることは無かったでしょう。
     感謝・感謝・ひたすらに感謝!

        つづく・・・

2008年06月05日

山小屋建設-その2

自力建設という無謀な選択肢を採ってしまったドンキホーテの
試練と苦難の日々を綴る前に 自力で一番スムーズにいった
設計の事を少しばかり・・・

建設地は阿蘇の外輪山に囲まれた南郷谷から少し中岳を
這いずり上がった 廻りを畑と杉林で囲まれた元は畑、
ほとんど原っぱでした。

道は通じているものの、入口が分かりにくい為隠れ家には
最高のロケーションです。
そう!コンセプトは<隠れ家>

人それぞれ、隠れ家にはいろんな思いがあるでしょう。
私にとってのそれは 小さくて ひっそりと身を縮め
一見しただけでは中の様子も想像できないような
ジミ小屋。

中にはいれば小さいながらも2~3ヶ月は何不自由なく
普通に生活できる利便性、
寒い阿蘇の冬を 寒がりの私が過ごせる断熱性、
日頃のお仕事では決して使えないミニマムスケールの
各部寸法、
一人の時は瞑想にふけり、大勢の時は大いに盛り上がる
程よいスケール感、・・・・

みたいなこと考えながら出来上がった計画が10坪強の
ワンルーム仕様でした。
当初の計画では外部建具も全て木製で屋根も一ひねりした
かなり凝った造りだったんですが自力建設という現実を
ふまえ、お財布の中身と相談してましたら 実施設計案は
かなりトーンダウンしたものになっちゃいました。

それでも 床、壁、天井の仕上げ材はムクの木材とか
漆喰の左官塗りとかを死守しましたし、断熱工法も
日頃使ってみたくて手が出せなかった工法、材料を
実験を兼ねておもいっきり贅沢にやっちゃいました。

早い話、常日頃のお仕事の欲求不満が 一気に
ドカン!ということでした。

  つづく・・・

2008年05月27日

山小屋建設・その1

特に強い想いがあった訳ではないんですがバブルの最中
行きつけの飲み屋さんのマスターと常連客何人かで
そのうち別荘でも建てようかみたいな乗りで買った土地に
ある日、ふと「山小屋を建てよう ! 」と思っちゃったんです。

理由は色々あったんでしょうけど 間違いなく一番の理由は
仕事がヒマだったからなんです。

私のような一人事務所の設計屋は 「まいど ! !今日は何か
御注文は ? 」 みたいな営業は意味ありませんので
ヒマな時は ただ遊ぶだけです。

遊ぶと決めたからには 人に頼んで建ててもらうのは
もったいない。
仕事柄、建物の構造、材料、作業の流れ、諸々の仕組
などは大体分かってるつもりだったもんで 自力建設の
決断は早かった。

いつもそうなんですが、素早い決断の時は一つの
大きな思い込みと それに呑み込まれ端っこに
追いやられた あまたの諸事情との力のアンバランスが
ややこしい事態を招くことになる私の悪い病気なんです。

その病気に気が付いたのは作業の始まる前、現地の
整地の時でした。

私が忘れてたのは 「 筋力、体力、忍耐力、実体験 」
頭と口だけでは一歩も前に進みません。

この建設を知る友人達に自力建設を言いふらした
後なので今更宗旨替えする訳にもいかず
途方にくれたスタートになってしまいました。

   つづく・・・

2008年05月13日

山小屋

早いもので、阿蘇の山中に山小屋を建て始めたのが
5年前の4月でしたから 工事期間の7ヶ月を差し引き
4年半、この山小屋で楽しく過ごしました。

厳密に言えば工事中も汗と埃にまみれながら
結構楽しんでましたので丸5年でしょうか。

茅と葛のからみあった草原を拓き、小屋完成の後は
諸々の木を植え、昨年には芝を張りました。

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次いでウッドテラスをつくり

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先日連休の時の姿が次の2枚です。

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最近は なかなか来る暇も無く空家状態が多い
のですが、たまに 御泊りで使って下さる知人が
いますのでハウスキーピングには手が抜けません。

次回から この山小屋建設の事を少し書いてみようと
思っています。